再会 そしていきなりピンチ
『それはまあ確かにそうだが。知らんのか?』
『知る訳ないじゃん。オレたちはジッケンタイベータのクローンだから。だからハハオヤはいないってハカセたちに聞いた。クローンだからベータとオナジカオなんだって』
『クローン?何だ?それは』
『さあ?ハカセたちはオレたちのことをクローンタイとか言うぜ。オレのことはクローンタイ00‐00とかゼロセイコウタイとか呼ぶけど』
『それは名前なのか?』
『名前?』
幼い顔が、くっと自嘲の笑みに歪んだ。
―――……嫌なもん見た。
怜野はかすかに呻きながら目を覚ました。
なんだ、あの夢。あんな昔のこと今更夢に見なくてもよかろーに。
静かに身を起こしながら先刻の夢について反芻する。
……ってか一緒に話してんの誰だ?
ゆっくりと固まった身体を伸ばしながら、外を見た。
まだ真夜中か……まだあと六時間は寝るつもりだったのに。
夢の残滓が残る頭を無理矢理切り替えて、怜野は立ち上がった。現実に関係ない夢のことなど考えていられる暇があるのは、ブルジョワな貴族達や上流・中流階級の市民達だけだ。あいにく怜野はそんないいとこの坊ちゃんではなかった。
何で目が覚めたんだかな。
夜に活動するのは得策ではない。それがわかっていながら、怜野はビルから出て街を歩き始めた。
ふらふらと頼りない足取りで怜野は、生気の希薄そうな無表情で夜の街を進む。
いかにも何も考えていないといった風で、光に惹かれる蛾のように、派手な光を振りまくビルを見上げる。そこで、あ、ヤベといった表情を見せ、フードをかぶる。そしてまた、街に溶け込んだ。
どぎつい光を放つ街のイルミネーション。
ところどころにネオン管などの一昔前の遺物も見られる。
その中を歩く人々。胸元の大きく開いた服を着た女がすれ違う。スパンコールで光を反射するベストを着込んだ男。蛍光ピンクの水着のような衣装で男を誘う女。人。両脇にブロンドの髪の美女を従えた男。人。人。道の端で集団で固まって陰惨な視線を群集に投げ込んでいる若者たち。あちこちに。人が。人。人。サイボーグの腕を隠そうともせずに往来をのし歩く二人。人。ちらほら。人。あっちに一人。こっちに一人。人。人。人。人。人。ムーディな音楽を鳴らす店。蜘蛛の様な目つきをした妖艶な女が獲物がかかるのを待っている。引き寄せられる人。人。人。蜘蛛の巣に。人。人。人。人。人。道の端に人。人。人。人人人。並ぶ人。怪しげな道具。買う人々。怒鳴る男。殴り合って人垣ができている場所。人人人人人人人。人。人。ひと。ヒト。人。人。人。人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人――――――
クロ、イ、ヒト。オトコ。
・・・あ?れ?
ぼうっとしていた頭に何かが引っかかった。
黒服の男達。
人で溢れかえる街のなか、異質な存在を見つけた。
何かを探すように周囲に鋭い視線を向ける男たち。
先日見かけたのとメンバーは違うが明らかにこの間の奴らと同類だ。うんざりしたように空を見上げ、また視線を元に戻す。
「何なんだよ・・・あんなタチ悪そうな奴らに狙われる覚えは・・・一つしかねーよ」
いささか、いや、かなり妙な独り言を展開しつつ怜野は素早くかつさりげなく近くの店に入る。
「いらっしゃい」
のんびりとした声。穏やかなその声は、どぎついイルミネーションと甲高い嬌声に慣れていた耳にはとてつもなく新鮮だ。
店の奥には、一人の老女が座っていた。声と同様のんびりとやわらかい椅子に座っていて、ここでは少しばかり場違いな感があった。
―――――高さ三メートルはあろうかという金属製の円筒形の筒が立ち並ぶこの店では。
「ああ…久しぶり、マート。ちょっと直通転送使うから」
「久しぶり、怜野。あんた賞金首になったんだって?」
「・・・まあ、ね」
相変わらず食えないバアさんだ。
マートというこの老婆は、怜野が外を気にしながら入ってきたのを見て追われていると推察し、さしあたり追われる一番の原因を言ってのけたのである。
しかし、怜野が店に入った時確かに外を気にしてはいたが、まわりから見るぶんには全くいつもと変わりなかったはずだ。
恐ろしいバーサンだ。
「急ぎなんだろ?さっさと金払って行っちまいなね。あたしゃ面倒事はごめんだよ」
「ん、悪い」
「全然悪いと思ってないくせしてねぇ……。直通は高いよ」
怜野は無言で金貨を出した。
「こういう時は惜し気もなくぽんと大金出すくせに、どうして普段一般の転送する時は値切るんだい」
怜野はすでに転移装置に入っていたが、マートの顔を見て答えた。
「ヒマだから」
次の瞬間怜野の姿は消え、釈然としない顔の老婆が一人、残された。老婆はしばらく痩身の人物が居た空間を眺めていたが、釈然としない面持ちのままため息をついた。
「暇だから、ねえ・・・」
呟きは店内の機械群にはねかえってそのままどこかへ消えていった。
直接空間転移装置とはある特定の人物の元へ直接空間転移していける装置の事である。限定空間移動装置のように決められた場所へ転移していくのとは違い、ある特定の人物がどこにいようと、その人物の半径三メートル以内にどこからでもいける。ただし、その人物が死んでいる場合や、その人物の周囲が人間に生存できない場所である場合、装置は作動せず、転送はされない。
ただしその装置といえどもきちんとその人物を登録していないと使えないというのだから、やはり万能ではないと言うべきだろう。
シュ・・・ンン
状態を音に変換するならそんな音が出たであろう。
何の変哲もないと表現するにはいささかならず物騒なものが存在する灰色の部屋に現れた光の粒子は、一人の青年を吐き出してさらさらと消えていった。
電気をつけていない部屋は薄暗く、ブラインドの下ろされた窓からは歓楽街のけばけばしい光がうっすらと侵入してきている。青年は―――怜野は、そこが知り合いの部屋だと疑いもせずに周りを見わたした。
シャワー室のほうから水音がしている。どうやら入浴中であるらしい。
「カイン。俺」
怜野の声に重なるようにして荒々しく扉が開き、物凄い勢いで人が飛び出してきた。
「レ――――――――――――イ!」
そしてそのまま怜野に抱きついた。
その反応の早さからすると、怜野が現れた瞬間から誰かが部屋に来た事に気付いていたようである。
ほとんど体当たりするような勢いだったにもかかわらず一歩あとずさっただけの怜野はずぶ濡れの男に呆れたような無表情の目を向けた。
「カイン、離れろ、濡れる」
それに俺男に抱きつかれる趣味ないし。
「んだよ久しぶりに会ったってのに」
銀灰の瞳をもつ『危険人物』は嬉しげに文句をいった。
「へえ、それで俺のとこに逃げ込んだのか。俺はまた刺客かと思っちまったぜ」
とりあえず事情を説明させられた。
怜野は面倒くさがって事情を説明しないので、先ほどから部屋を漂っている物騒な空気の源―――コンバットナイフやら爆弾やらバズーカやら―――を突きつけて無理矢理説明させられたのだ。
もっとも、怜野はそんなもので怯えるほどか細い神経は持っていないが。
濡れた髪をごしごしとタオルでこすると、ダークブラウンだった髪が灰色がかった銀色に変わっていく。
ああ、仕事だったのか。
怜野は思う。
この一風変わった危険人物は、仕事の時はかならず髪を染めるのだ。
何の理由があるのかは知らないが、何でもかんでも気持ち良いほどスパッと―――ザクッと言うことの多い彼が言葉を濁すのだから、彼にも色々あるのだろう。
怜野はそういうものを詮索しようとは思わなかった。
他人が言いたくない事を知っていたって、そのぶん面倒なだけだ。重荷になるくらいなら、何も知らないほうがいい。
必要ないことばっか知ってても情報に躍らされるだけだってどっかの情報屋も言ってたしな。
映画の中の人物だけど。
なんて映画だっけ。
そんなことを考えながらぼーっと彼を見ていると、その強引かつ凶暴な仕事振りから半伝説と化している破壊代行人はすとんとソファに腰を落として言った。
「レイがそういう奴だってのはわかってるけどよ、この俺を一時の避難場所扱いしといて事情も話さずにトンズラする阿呆は普通、いねえよ」
「いるじゃん、ここに」
「いや、ゆるさん」
「・・・・・・」
ようするにこれからも何かあったら吐かせるという事なのだろう。それを聞くとあまり気軽に来れなくなってしまったような気がするが、まあ今はそれはどうでもいい。
「まあそれはともかく。俺が仕事終わった時でよかったな、仕事中だったら問答無用で縊り殺してたぞ。もう次の依頼も入ってるが」
「・・・そーですか」
アナタの凶悪ぶりはまだまだ健在ナンデスネ。
「いや、冗談だぞ?いくら仕事中でもレイを殺すわけないだろ。他の奴ならともかく」
「・・・・・・」
嬉しいのか嬉しくないのか、喜ぶべきか喜ばざるべきか、微妙なところだった。
「それで、追われてる理由に心当たりは?」
「さあね。」
事情、といっても黒服の男たちに追われてたんでこちらを利用しましたマル、としか言っていない。あまりいろいろ伝えると厄介なことに―――
「お前が賞金首になったってのは終われる理由になんねーのか?」
―――――――。
「・・・早いな。」
「当然。」
・・・まあ、そうか。マートだって知ってたくらいだしな。
胸を張って告げた破壊代行人を胡乱に見上げる。
確かに、情報が速くないと破壊代行人なんて職業はやってられない。破壊代行人という職業は要するに暗殺者とテロリストがごっちゃになったようなもので、人間でも建物でも、依頼者の代わりに何かを壊す、何でも壊し屋みたいなものなのである。だから逆恨みを受けることも度々あるし、逆恨みから、罠にかけられる事もある。壊す物がモノなのでpoliceに追い掛け回される事もしばしば。
日常的に何かと追いかけっこしているのだ。
しかしそのリスクを補い余り余るほどに報酬は良いのだが。
とにかく、日常的に狙われている者としては情報が速くなければ生きていけない、というのはわかるだろう。しかし、自分の求める情報がそんな簡単に手に入るはずはない。だから、その他の雑多な、色んな、様々な、世界を構成している情報をできるだけかき集め、自分の欲しい情報を組み立てていくのだ。
そういう意味では、破壊代行人を職業としている者は情報屋並の情報網を持っているととってもいい。実際、情報を求めて来る客も、ちらほら見受けられる。
「賞金首なんて毎日増えたり減ったりしてるけどな、昨日は未成年が二人も増えたってんで騒いでたぜ。プロとか。玄人とか。賞金稼ぎとか。」
わざとらしく繰り返す。プロと玄人と賞金稼ぎは全部同じ意だ。賞金首狩りのプロフェッショナルは賞金稼ぎで、つまりやたらと手強い。賞金稼ぎでなくとも、その道の玄人なら、素人よりずっと厄介だ。
「うげ、マジかよ・・・」
これからの旅路がさらに面倒なものになるであろう情報を聞いてげんなりする。
神様、俺なんかしましたか。
信じてもいない神に祈るくらいには、怜野は今の状況に嫌気がさしていた。
なぜなら。
「―――で、お前は俺をどこに引き渡すつもりだ?」
こういう状況も、世の中にはありえるのだから。
唐突に言われた言葉に。
銀灰の瞳を驚きに見開いて、カインは怜野の眠たげな双眸を見やった。
怜野は、カインの虚を突かれたような表情を面倒臭そうに見るだけ。その表情がゆるゆると歪んでいっても、倦怠感の塊のような態度はまったく変わらなかった。
カインは、世にも凶悪な「破壊代行人」は、飢えた牙を剥く狼のような血への渇望、獲物を見定める虎のように優美な獣の愉悦を銀灰の瞳にのせ、嬉しそうに愉しそうに、喜びと悦びをつりあがった唇の端からこぼして、言った。
「鋭いな」
森を司る精霊王は捕まっていた。
いや、正確には、ホテルの一角にあるメイド喫茶で、エプロンドレスを着たウエイトレスと食っちゃべっていた。
髪の毛を緑色に染めたウエイトレスは、ライトグリーンの目を同志に向けて熱のこもった口調で喋っていた。
「それにしても、その髪が自毛だなんて・・・世の中にはそんな羨ましい髪の人も存在するんですね。しかも精霊だなんて・・・誘月の大陸にでも渡らなくちゃ見られないと思ってました」
「そうだな、私もまさか影月・・・忘月の大陸に自分がいるとは思わなかった。てっきり望月・・・誘月の大陸の方で目覚めると思っていたのに」
ふうん、と相槌を打って、ウエイトレスの娘は首をかしげた。彼の事情をすっかり聞いてしまった彼女は、しかしにわかには信じがたいそれが事実であると疑ってはいないようだった。
店ではなかなかの稼ぎ手で、しかし何故か普通でない客からの指名率の高い彼女が一つのテーブルにかかりきり。
しかもよりたくさんの注文をした者のところにしか行かなかった彼女が飲み物一つしか頼んでいない客のところに留まっているという状況は彼にとっても彼女にとっても針のむしろであるはずだった。
彼女は店長から。
彼は客から。
しかし、彼の、自称「森の精霊王」の容姿を見た瞬間にそれらは吹っ飛んだ。
「よくあの美人の相手できるわよね・・・あたしあのヒトの顔正面から見られないわ。なにも喋れなくなっちゃう」
「あたしもー!あのお客さんと目を合わせただけで気絶しそうになる自信があるわ」
「あんたは実際に気絶しかけたでしょうが。あんな綺麗な人、お目にかかれただけで光栄です、って感じだもんね。」
「むしろ普通に喋れるあのコが何者?よねー。常日頃から鈍い・・・じゃなくて胆の据わった子だと思ってたけど、あそこまでとは思わなかったわ・・・」
「あれは単に図太いって言うのかもしれないわよ。それがあの子の凄いところなんだけどね・・・」
百戦錬磨のウエイトレス達が美貌を正面から見られず、次々とノックアウトされていく中、ウエイトレス達の中でも最も胆の太い彼女が駆り出されたのだ。そして店長の祈りが天に通じたのか、それとも彼女が予想外に図太かったのか、彼女は神々しいと表現してもなんら遜色ない麗人と意気投合していた。
それでも彼女を独り占めする彼に反感の視線が客から、彼と普通に話せる彼女に羨望を含んだ嫉妬の視線がウエイトレス達から、それぞれ発射されているのだが、紅茶をはさんで楽しげに笑いさんざめく二人はまったく意に介さない。
正確には、森の精霊王もウエイトレスの娘も全く気付いていないだけなのだが。
「人を探してるって言ってましたけど、どんな人を探してるんですか?」
目をキラキラとさせて尋ねる彼女からは「私も手伝うわ!」と言いたげなオーラがビシバシと伝わってきていたが、およそ全ての物事において超ニブチンな精霊王は欠片も気付かずに頷いた。
「うむ、それがな、一度会ったことがあるだけでいまいち不明瞭なのだが、焔のような赤毛の少年でな、年は・・・そう、そなたと同じくらいか。風の精霊の守護を受けた剣を背負っていて、火の精霊の守護を受けた手甲をつけ、水の精霊の守護を受けた指輪をしていてな、土の精霊の守護を受けた短剣を腰に差しているのだ」
「守護だらけですねぇ。それに、赤毛の少年かぁ・・・剣を背負ってるってことは冒険者?どっちにしろこの科学大陸にはいないと思いますよ?だって誘月の大陸で目覚めると思ってたってことは誘月の大陸でその人と会う予定だったんでしょ?その人もまさか忘月の大陸に貴方がいるなんて思わなかったんじゃ・・・」
「そうか!」
いきなりがっしりと手を掴まれ、ウエイトレスの娘は言葉を途切れさせる。手を握り合ったその光景に店内に物凄く大きな動揺が走る。
あちこちで飲み物を吹き出す音やガチャンという何かを割る音、ガタガタッと椅子が鳴る音が聞こえる。ウエイトレスの娘はその音に不審そうに周りを見回しかけるが、がっしりと自分の手を握った同志の喜びに弾む声に視線を戻す。
「礼を言うぞええっと・・・」
「ふふふ・・・・・・。同志には特別に本名を教えてあげます・・・私の名前はここではナリアですが、本当の名は・・・・・・・秘密ですよ!サララ・ウィン・ミオナと言います!よろしくお願いします同志よ!」
「うむ、礼を言うぞナリア!本名は秘密なのだな!ナリアのおかげで私は当面の目標を持つことが出来た。礼を言うぞナリア!」
このヒト、同じコト二回言ってるよ。
怜野がこの場にいたならばそんな呟きを胸中に発しただろうが、その点に突っ込むような者はこの場にはいない。
「礼なんて水臭いですよ同志。緑の髪、緑の目を愛す者、それ即ち永遠の同志!」
ふふふ、と不気味に笑って得体の知れない炎をライトグリーンの目に燃やす。
「同志のためなら命を半分くらい捨てて助けるがいい!というのが私たちのスローガンです!礼なんてノンノンノン。お役に立てればこれほど嬉しいことはないですよ!」
半分くらいというところが妙に生々しい。
ちょちょちょっとあの子何かアブない方向に突っ走ってない?誰か止めなさいよ!無理に決まってんでしょ!こっちまでアッチ系の道に引きずりこまれるわよ!などといった会話がカウンターで交わされていることなど全く知らず、二人は意気投合する。
「命を半分くらい捨ててでも助けよとは・・・そなたはまだ若いのに、素晴らしい信念を持っているのだな。その半分をレイノに分けてやりたいくらいだ。それならば、私もそれ相応の結果で報いねばなるまい。私は必ず、レイノと共にかの勇者を探し出し、そなたに引き合わせよう。楽しみにしているといいぞ」
当初の目的と違ってませんか?と突っ込まれるようなことをとびきりの笑顔で告げた精霊王に、その笑顔を崩してまで突っ込もう、と思う者は存在しなかった。
トップ 戻る 次へ